トップ(T) > さぁいっちょ ぶぁーっといきましょー!   前へ 次へ       ■コラム一覧■ 

ソーシャルディスタンス

 新型コロナウィルスに関して、もう一つ思うところがあります。
 今、しきりに「ソーシャルディスタンス」ということが言われています。私も、こんな言葉は初めて聞いたので「ソーシャルディスタンス?なんじゃそれ?」と思いましたが、意味合い的には「社会的距離」とのことです。まあ、意味を聞いても「なんじゃそれ??」って感じなんですけどね。(笑)
 要は、ウィルスの感染を防ぐためにお互いの飛沫が届かない距離まで離れなさいということのようです。

 この「ソーシャルディスタンス」、これから多用・乱用されそうですね。(笑)
 今はもちろん、ウィルスの蔓延を抑えるためにこれは必要な策です。しかし、ウィルスの流行が収まってもこの言葉は“便利な言葉”として残るような気がします。(笑)
 まず、企業などのマナー集には載りそうですよね!(笑)「相手とのソーシャルディスタンスを保ちましょう」とかね。また若い人は、(あくまでも勝手な想像ですよ!)例えば苦手な人がいた時に「ソーシャルディスタンス・・・」なんて言って離れる(遠ざける?逃げる?)こともできます。いずれにしても、あまりポジティブな意味では使われないんだろうなぁとは思います。(笑)
 ただ、今はまだ物理的な意味で捉えられていますが、時が経つにつれて絶対、心理的な意味合いに変化していくのではないかと思います。そうでなくても今は、昔と比べて人と人とのつながりが薄まってきているのに、またこんな言葉が広まると余計に対人関係の距離がひらいてしまいそうですよね。私が子どもの頃は「知らない人にもあいさつしなさい」と教えられたものですが、今は「知らない人にはあいさつしちゃダメ」と教えられるそうです。私にしたら愕然としてしまうことですが、今はそれが常識なんですよね。。淋しいことです。
 確かにねぇ、、子供たちは今は知らない人と気軽に話をして、そのまま連れ去られちゃうなんてこともよく耳にします。大人は大人で、振り込め詐欺や悪徳商法などで常に他人に対して警戒心を持っています。そういう意味では他人との距離を置いてしまうのも致し方ないのかもしれません。でもさぁ、こんなことは昔もあったんじゃないの?と思ってしまうのです。
 昔と違うところは、今は“良くも悪くも”情報の伝わり方が早いということです。テレビしかり、ネットしかり、瞬時に広く、そして大量に情報が伝わっていきます。それ自体は便利で良い事なのですが、受け取る側が付いていけていないというかね。。(笑)変な言い方ですが、受け取った情報をすべて“有効活用”しようとするんですよね。。だから、今自分に必要ない情報でも無理矢理必要だと思い込んでしまっているような気がするのです。ニュースで連れ去り事件が報じられれば「自分の子どもも同じ目に遭うんじゃないか」と思って「知らない人にはあいさつしちゃダメ」と子どもに教えるようになったり、新聞で振り込め詐欺の記事を目にすれば「親によく言っとかなきゃ」と思ってしまいます。そりゃ、用心するに越したことはないですが、冷静に考えてみると「あれ?そんなに他人を信じられなくなってしまったのか」「情報に踊らされてないか?」とちょっとイヤな気持ちになってきます。

 その結果、ある情報に対して過剰に反応してしまったり、自分が信じた(好きな)情報が絶対に正しいと思ってしまったりするんでしょうね。だから、少しでも違う情報や考え方が出てくると全否定したり無視したりしてしまいます。そうしてどんどん排他的になっていってしまいます。いや、自戒も含めてね。(笑)
 他からの情報なんていうのは、話半分で聞くぐらいのスタンスでいいと思うんですよ。まずは話半分で聞いて、それが信じられると思えば、あとは自分で調べたり考えたりして深めていけばいいんですよね。そうやって初めて[自分の意見]になっていくのだと思います。自分の意見をちゃんと持っていると、相手の意見もちゃんと聞けるし、ムダに情報に踊らされることも無くなると思います。

 排他的な心理が今度は物理的にも影響している場面もあるように思います。「他人の触ったものに触れない」、「食堂に立ててある箸が使えない」等、いや、昔からそういう人は居たのかもしれませんが最近みんな言ってるでしょ!?(笑)いやぁ、、私にはそういう感覚があまり無いだけに「世知辛いなぁ。」と思ってしまいます。
 これね、、私が思うに、除菌シートや除菌スプレーが出てきてから特に言われるようになったと思うんですよね。。それまで(いい意味で)気付いていなかった[菌]という存在を明確に示して、それを自分で手軽に取り除ける物が出てきたら、そりゃ使いますよね。(笑)で、それを使った瞬間、他人と自分を区別することができます。結果、余計に“自分 対 他”という意識を強くしてしまうかもしれません。
 もちろん、衛生的にはとても大事です。特に今は新型ウィルスを除去するのに最も有効な物です。ただ、こういったものを使うことによって過剰に意識してしまったり、依存してしまうのには私は疑問を感じます。また日本人の国民性が、どちらかというと几帳面だったりケッペキだったりするので(私はズボラですが。。笑)、よりハマっていったのかもしれませんね。

 そうなってくると我々障害者は困りますよね!(笑)基本、“濃厚接触”ですからね!(笑)ソーシャルディスタンスもへったくれもありません。家族にしろ、ヘルパーさんにしろ、介助してもらうときはどうしても密接します。家族はまあともかく、ヘルパーさんのほうも正直ちょっとイヤでしょうし、お願いするほうだって気を使います。それまで普通にお願いしていたことが、こんな状況のせいでお願いしづらいとなると、我々の生活にも影響してきます。現に私もウィルスが流行りだした直後、2週間程度ヘルパーさんをキャンセルしました。その間は食事も自分で用意しなきゃいけなかったし(たまに実家にも食べに行きましたが)、風呂もなかなか入れませんでした。さすがに2週間以上ヘルパーさん無しの生活はちょっと厳しいなと思ったので、現在はまたお願いしていますが、やっぱり何となく悪いなぁとは思ってしまいますよね。
 また、例えば買い物などに行ったときも、人に何かお願いする時にちょっとためらってしまいますよね。まだ店員さんならともかく、近くにいるお客さんに「これ、取ってもらえますか」は相手もイヤだろうし、こっちも遠慮してしまいます。(いや、もちろん店員さんにお願いするときも多少気が引けます。)
 この状態が一時的なものであれば今はちょっと辛抱しようとも思えるのですが、常態化されてしまうと“お一人様好き”な障害者は外に出づらくなってしまいますね。

 今回の一件で、何だかますます人と人との距離が、物理的にも精神的にも離れていってしまうようで不安になります。こんな状況がスタンダードになっていってしまうのは、やっぱり良くないです。他人を疑って、他人に怯えて、また、他人からも疑われて、怯えられてなんていうのは、どう考えても異常でしょ!?こんな緊張感の中で暮らすなんて、いやぁ、、それだけでもちょっと気が滅入りますよね。。
 ただ、今はしっかり我慢して、まずはウィルスを抑えることを優先させるべきだと思います。そして、ウィルスの終息とともに、「ソーシャルディスタンス」という言葉も消えて無くなって欲しいと祈るばかりです。

 早く元の[距離]に戻りますように。


関連項目
新しい生活様式
このエントリーをはてなブックマークに追加


上へ   前へ(P)   次へ(N)   一覧へ戻る(B)

Counter